十曲峠入口 標高約330m
落合石畳 標高約410m
その名の通り、峠です!
前回ここまで来て「おおお、これはえぐそうだ…」と思った十曲峠。
落合は特にえっぐいアップダウンがすごくて、
もうこんな道作るんじゃないよ…と嘆きたくなります。
中山道は別名姫街道と呼ばれ、
和宮様をはじめ多くの高貴な方がこの道を通っていたそうですが
(もちろん輿で)こんなに上りも下りもきついと、腰に乗ってるのも大変ですよね。
考えただけで酔いそうです。
そんな嘆きはいいとして、さて、十曲峠について。
読み方は「じっこくとうげ」だそうです。どのへんを「こく」読みするんだろ?
ちなみに全国には「二十曲峠」とか(山梨)、四十曲峠とか(鳥取)があるそうです。
このうちメジャーなのはやはり富士山がある二十曲峠で、
「えぐい峠だけど、富士山サイコーだぜ!」な書き込みがあふれている模様です。なるほど~
さてそんな「うちの方が曲がってるぞ!」という
負けず嫌いな名の峠を横目に十曲峠を歩きます。
峠のスタートは二股に道が分かれており、右を行きます。
のっけから上りでこれがまたけっこうな傾斜。
おじさんが竹を切ってる以外誰もいません。
年末の忙しい時に用事もないのにこんな峠を上ってるなんて、暇な当方くらいなもんです。
坂が終わりかけのところに、唐突にイボ観音が現れます。
石を借りてさすり、イボが治ったら2つにして返すそうですが、
今のところイボがないので、今回はお世話にならずに先を行きます。
さらに行くと医王寺が。
かなり古い歴史があるらしく、
戦乱などで途絶えたりしながらも
旅行く人は家内安全や道中無事を祈ったそうです。
このアップダウンかつ、今ほど情報もない中
「俺江戸まで行ける?」「思っていたよりきつくて泣きそうなんですけど」
などと不安になるの旅人がいたはず。
当方なら、すっかりだらけて数日無駄に過ごし、
ようやく重い腰を上げて旅に出るパターンですが、
着日が決まってる武家の方々などそうもいきません。
きつい旅路、しだれ桜に癒されたり、お祈りしたりしたんでしょうね。
この先は、平坦な道が続きます。
このあたりはぽつぽつと家が。
古い家、新しい家、いろんな家が入り交ざってます。
お、こんなところにコミュニティバス停が…に気を取られていると、そこは落合の石畳。
誰もおらず、ひたすら歩きます。
今と違って、アスファルトもコンクリートもない中、
こうした足元がしっかりした道はありがたかったでしょうね~。
とはいえ、平らな道ではなく、上りです。
石畳に気を取られてましたがそれなりに急な坂です。
濡れると滑りそうなので、足元に注意をしないといけません。
飛騨街道や苗木街道が県道だとしたら、中山道は高速道路くらいのどでかいルート。
また、落合の石畳は旅人が歩きやすいように整備されただけでなく、
坂道を大雨から守るために作られたのも理由の一つとのこと。
昔はコンクリートもないですしね。すごい知恵です。
石畳の周りは樹々や竹、そして苔むした岩がゴロゴロ。
いつの時代からあるんだろ?という苔岩を見ながら江戸時代に思いを馳せます。
しかし、昔の人は草履ですものね~
これ、江戸~京都間で何回草履買わなきゃいけないんだろ?
などと、だんだんよそ事を考えはじめたその時、
朽ち果てた小屋が登場。
この辺りは落葉も多く、さらにさみしい感じではありました。
ここからも、ゆるく上り坂。
峠にくれば坂はそれほどきつくないですが、思えばずっと登りっぱなし。
なかなかきついルートだなと思っていたところに、
石畳が終わりになりました。
石畳の終わりには立派な看板があり、この石畳の説明、
中山道についてなどが詳しく書かれてました。
こういう大きな看板があるのは、とても便利だし、
こういうところにはぜひお金かけてほしい!と思いますね~
石畳の終わり付近には、ちょっとした休憩スペースがあるのもうれしいですね。
さて、次回は馬籠城跡までの坂めぐりとなります。
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